神楽坂 朱夏 Shuka Kagrazaka.
文芸同好会初代会長。神戸大学文学部人文学科(国文学専修)を卒業後、そのまま大学院に進学して中古文学を研究する予定だったのが、何の縁あってか、現在は大阪府立の某高等学校で国語の非常勤講師として勤務している。夜は梅田の某書店員のアルバイトを性懲りもなく継続中、もうじき丸三年になる。今年も教員採用試験に敗れたので、おそらくあと一年半はお世話になるかと思うと気が重い。
高校での勤務はなかなかハードなものの、生徒との交流にはやはり得るものも多く、充実した日々を過ごしている。彼らが少しでも国語を、古典を、そして文学を好きになってくれるのなら、この命を捨ててもかまわないと本気で思っている。目下の悩みは、現実問題として体力的に相当限界がきているということ。やはり一日中働いて休みがないのは厳しい。たまの休みも教材研究にプリント作成、小論文の添削と、なすべきことは全く減らない。バイトは時間を減らせず、月月火水木金金、睡眠時間を削って学校の仕事を、そして執筆活動を続けながら、国文学の研究も欠かしていない。それで死ねるなら本望である。
とはいえ、やはりまだまだ学問を究めたとは言い難く、大学院へ進みたいと思っている心もある。専門は中古文学だが、個人的には戦後派の文学にも興味がある。ロシア文学にも興味があり、学問に対する興味はおよそ尽きることがない。語学ももっと勉強して、いろいろマスターしたいと思っている。すべてを知りたいと思う心、これがすべてでしょう?
創作に関しては、ファンタジーのようでファンタジーとは全く質の異なった、私にしか創り得ない「幻想空間」の形成を最近は企図している。現代の日本にはもはや文学を越える文学を創出するに足る素材が存在していないと考えている。日常を日常らしく書くことに私は違和感をおぼえる。それは雑記であって文学ではない。ライトノベルも純文学ももはや袋小路に来ているのではないだろうか、というのが最近の持論である。そのようなジャンル分けによってしか己の位置を明確にしえない文学、そんなものに将来はないと思う。「物語を取り戻す」ことを至上命題として、日々、文学について思いを馳せている。
創作を通して「死」と「記憶」の意味を探ることが、私の全人生に掲げられた課題だという考えを抱いている。そのために人生のすべてを捧げることを私は怖れない。全力で生きることの何が悪いというのか。生徒のために生き、文学のために生き、自分のために生きる。それで死ねるならそれ以上の幸福はない。その果てに結果を求める気もない。人生の意味は結果には存在しない。この瞬間瞬間の集積、それを私たちは「人生」と呼ぶのだから。普段から生きることの意味を考える必要があると私が声を高くして叫ぶことの意味はここにある。しかしこの私の意見に理解を示す人はほとんど居ない。私の叫びは孤独のうちに谺して――心には、虚無の嵐が吹き荒れている。
生来の人間嫌いだが、しかし、他者との交流は決して嫌うことがない。私の「人間嫌い」は単なる好き嫌いの問題とは次元が違うのだ(これも説明しても理解してくれる人が少ないので敢えて何も言うまい)。真面目な性格であることはもはや否定しようがないが、出来ることなら、「誠実」と言っていただければありがたいと思っているのは(ここに書いているわけだから)公然の秘密である(笑)。
どんな性格かは以上の説明文を読んでいただければおそらく理解されることでしょう(苦笑)。
好きな言葉:「燭を背けては共に哀れむ深夜の月、花を踏んでは同じく惜しむ少年の春」
(白楽天)
好きな食物:マカロニサラダ、ビーフン、スパゲティ(炭水化物ばかり?)
好きな人物:平忠度(たいらのただのり)、西行、チェーホフ
好きな小説:『深紅の帆』『源氏物語』『死者の書』『永遠なる序章』『方丈記』など無数
好きな漫画:高宮智先生の諸作品、高河ゆん先生の諸作品、……だめだ、これも無数にある!
好きな季節:秋、特に十一月。冬になる前のあの一瞬のきらめきが好きです。
好きなうた:水樹奈々のうた、『神田川』『22歳の別れ』『au revoir』などなど
好きないろ:青系の色と黒、そして朱色。具体的には、縹色、月草色、藍色。真朱、蘇芳。
好きな駅名:藤森、墨染、観月橋、樟葉、祝園、五位堂、鹿王院、御影、これも無数に……
好きな天気:霧雨
とりあえず、好きなもの尽くしでお茶を濁してみる(苦笑)。